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経済と科学の真義(本義)
カテゴリー 日本
明治維新から沢山の西洋文化を取り入れて、新しい概念や学問も漢字の世界に新しい単語が生まれました。当初の翻訳と、のち略語になり、翻訳した言葉の真義が残っているかどうかにより、使用する人の気持ちも変わりました。

経済:經世濟民は、中国の古典に登場する語で、文字通りには、「世を經め、民を濟ふ」の意。「経国済民」もほぼ同義である。 略して「經濟」とも言うが、主として英語の「Economy」の訳語として使われている今日の「経済」とは異なり、本来はより広く政治・統治・行政全般を指示する語であった。( ウィキペディア)

政治・統治・行政全般に使用した經世濟民は、商業専用の言葉に理解されたような現代社会、もう一度真義(本義)に戻して、經世濟民になれませんか?

科学:「科学」(science)という語はラテン語の scientia (知識)に由来する[8]。science という語は、17世紀の科学革命のころまでは、体系化された知識や経験の総称という意味で用いられてきた。なかでも、観察や実験に基づく体系的な学問という意味では、natural philosophy (自然哲学)やexperimental philosophy (実験哲学)の語が用いられていた。今日でも「科学」の語は、自然科学、人文科学、社会科学の総称としてしばしば用いられる。( ウィキペディア)。当時のscience(サイエンス)は日本語で分科の学問で、略すると科学です。分科の学問を使い続ければ、サイエンスの素の意味がずれないけど、略すると、漢字を使った国々に、科学は哲学から離れて、超えて、哲学した学問を思えないほど、世界に物事の判断基準にレベルを上げて、解釈も拡大にしました。科学の真義(本義)に離れたままで、科学判断を乱用されました。

中国の分科の学問の言語は「格致」です。「格致」とは中国の古典「大学」にある「格物」「致知」から取り合わせた言葉で「物事の道理や本質を深く追求し、理解して、知識や学問を深め得ること」という意味です。science(サイエンス)は「格致」に訳したら、誤解は出ないでしょう。

新しい言葉の意味を正しく理解して、人生の言語や行動にも正しくできるでしょう。
2022-06-27