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2026-03-09
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2026-03-08
健康と病気は紙一重(前立腺がん)
2026-02-26
充実した連休(急性捻挫)
2026-02-25
健康意識:男と女(リュウマチ関節炎)
2026-02-20
さらに5歳若返る? ― 健康づくりの哲学と38年の臨床からの洞察
2026-02-19
20年のご縁 ― 肝臓がんと歩み続ける患者さん
2026-02-01
子宮体癌患者の体質改善1か月体内年齢が10歳若返り
2026-01-09
30代女性の健康相談
2026-01-05
寒気と痒みと陽気
2025-12-30
39歳・新規患者(肥満・高脂血症・高血圧)
2025-12-29
命とやる気「 骨軟部腫瘍(肉腫)」
2025-12-28
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2025-12-19
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2025-12-17
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2025-12-14
我が家とFFCパイロゲン
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病気とは何か — 医学の哲学を求めて
カテゴリー 陶氏療法
「苦しみを喜んで迎え、病気になれば『おめでとう』という時代が来た。」
この印象的な言葉は、戦後まもない昭和24年7月25日に出版された『万人幸福の栞』の序文で、著者の丸山敏雄氏が記したものです。
病気になって「おめでとう」と言う。常識から考えれば、まるで逆説のような言葉です。しかし、その言葉の奥には、人生や健康を見つめる深い哲学があります。
私は2011年、友人からこの本をいただき、初めてこの言葉に触れました。八十年前に、すでにこのような視点で病気の本質を見抜いていたことに大きな衝撃を受けました。そして、それが倫理法人会に入会する一つのきっかけにもなりました。
振り返れば、私が西洋医学から中国医学へと歩みを広げていった道のりも、こうした「医学の本質とは何か」という問いから始まっていたように思います。
私は中国の防衛大学医学部に入学し、医師としての道を歩み始めました。それから45年、臨床に携わって40年になります。
若い頃の私は、西洋医学の物質的な視点から人体を学びました。細胞、組織、臓器、病理、薬理。 それは極めて精密で、合理的な医学体系でした。卒業する時に、四か月の戦場経験で、救急医療について、確かに有効でした。
しかし、平和社会の臨床の現場に立つと、教科書では説明できない症状や、治療してもなかなか改善しない患者に出会うことが少なくありませんでした。
その一方で、中国医学の方法が驚くほど効果を示す場面も、何度も目にしました。そのとき、私の中に一つの問いが生まれました。医学とは、いったい何なのか。
中国の病院で肝臓専門医として勤務していた頃、私は患者の生活の質(QOL)を高めることを目的として、臨床の中で気功の研究を始めました。
その結果、西洋医学の治療のみを行った場合と比較して、患者の睡眠状態が改善し、入院期間が短縮され、さらに患者自身が体調の回復を実感する割合が高くなることが確認されました。
この研究成果は、仲間たちとともに論文として発表しました。
しかし、それでもなお、私は医学の本質をさらに深く学びたいと考えるようになりました。そして、6年間勤めた病院を辞め、留学する決意をしました。
来日前の二年間、上海の中国医学大学の夜間講座に通い、中国医学を改めて学び直しました。そこでは、二千年以上前の古典医学書「黄色帝内経」の思想に触れることになります。
中国医学では、宇宙と生命の始まりは「気」であると考えます。気は陰陽に分かれ、絶えず変化しながら万物を生み出します。
病気もまた気の乱れから生まれ、健康もまた気の調和から生まれる。つまり、病気も「気」から、元気も「気」から生まれる。
そこには、単なる治療技術ではなく、生命そのものを理解しようとする壮大な哲学がありました。
私はこの思想に強く惹かれ、物質医学だけでなく、心や精神の領域まで含めて医学を学びたいと考えるようになりました。
北海道大学で臨床心理学を学ぼうと志しましたが、当時その分野は教育学部の文系学問であり、理系出身の私は入学を認められませんでした。
その結果、医学部に進み、骨髄移植の研究に取り組むことになり、医学博士号を取得しました。しかし、博士課程を修了しても、私の留学の初心はまだ満たされていませんでした。
大学院在学中、私は一人の植物状態の患者に中国医学の鍼治療を行いました。その患者は徐々に回復し、やがて元気を取り戻しました。その経験は、私にとって大きな転機となりました。中国医学の奥深さを、私はそのとき初めて実感したのです。
その後、私は札幌の地に陶氏診療院を開設しました。そして、病気を治すことだけを目的とする医学から、健康をつくる医学へと視点を転換しました。
中国医学には「未病を治す」という考え方があります。
病気になってから治すのではなく、病気になる前に整える医学です。
私はこの思想を基礎に、長年の臨床経験を重ねながら独自の「陶氏療法」を確立してきました。
38年間の臨床の中で、八万人以上の患者がこの医学の恩恵を受け、健康を取り戻してきました。そして今、陶氏診療院は30周年を迎えようとしています。
孔子は『論語』の中でこう語っています。
「十五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲するところに従えども矩を踰えず。」人生には、それぞれの段階があります。
振り返れば、私の歩んできた道もまた、この言葉に重なる部分があるように感じます。
三十年の診療の歳月を経て、中国医学、西洋医学、そして日本での臨床経験の中から生まれた陶氏療法を、これから広く社会に伝えていきたいと思っています。
もしこの医学の哲学が、多くの人々を健康へ導く一助となるならば、それは私にとって医師としての喜びであると同時に、日中両国をつなぐ小さな架け橋になるのではないかと願っています。
医学とは、単に病気を治す技術ではありません。それは、人間とは何か、生命とは何かを問い続ける学問なのです。
この印象的な言葉は、戦後まもない昭和24年7月25日に出版された『万人幸福の栞』の序文で、著者の丸山敏雄氏が記したものです。
病気になって「おめでとう」と言う。常識から考えれば、まるで逆説のような言葉です。しかし、その言葉の奥には、人生や健康を見つめる深い哲学があります。
私は2011年、友人からこの本をいただき、初めてこの言葉に触れました。八十年前に、すでにこのような視点で病気の本質を見抜いていたことに大きな衝撃を受けました。そして、それが倫理法人会に入会する一つのきっかけにもなりました。
振り返れば、私が西洋医学から中国医学へと歩みを広げていった道のりも、こうした「医学の本質とは何か」という問いから始まっていたように思います。
私は中国の防衛大学医学部に入学し、医師としての道を歩み始めました。それから45年、臨床に携わって40年になります。
若い頃の私は、西洋医学の物質的な視点から人体を学びました。細胞、組織、臓器、病理、薬理。 それは極めて精密で、合理的な医学体系でした。卒業する時に、四か月の戦場経験で、救急医療について、確かに有効でした。
しかし、平和社会の臨床の現場に立つと、教科書では説明できない症状や、治療してもなかなか改善しない患者に出会うことが少なくありませんでした。
その一方で、中国医学の方法が驚くほど効果を示す場面も、何度も目にしました。そのとき、私の中に一つの問いが生まれました。医学とは、いったい何なのか。
中国の病院で肝臓専門医として勤務していた頃、私は患者の生活の質(QOL)を高めることを目的として、臨床の中で気功の研究を始めました。
その結果、西洋医学の治療のみを行った場合と比較して、患者の睡眠状態が改善し、入院期間が短縮され、さらに患者自身が体調の回復を実感する割合が高くなることが確認されました。
この研究成果は、仲間たちとともに論文として発表しました。
しかし、それでもなお、私は医学の本質をさらに深く学びたいと考えるようになりました。そして、6年間勤めた病院を辞め、留学する決意をしました。
来日前の二年間、上海の中国医学大学の夜間講座に通い、中国医学を改めて学び直しました。そこでは、二千年以上前の古典医学書「黄色帝内経」の思想に触れることになります。
中国医学では、宇宙と生命の始まりは「気」であると考えます。気は陰陽に分かれ、絶えず変化しながら万物を生み出します。
病気もまた気の乱れから生まれ、健康もまた気の調和から生まれる。つまり、病気も「気」から、元気も「気」から生まれる。
そこには、単なる治療技術ではなく、生命そのものを理解しようとする壮大な哲学がありました。
私はこの思想に強く惹かれ、物質医学だけでなく、心や精神の領域まで含めて医学を学びたいと考えるようになりました。
北海道大学で臨床心理学を学ぼうと志しましたが、当時その分野は教育学部の文系学問であり、理系出身の私は入学を認められませんでした。
その結果、医学部に進み、骨髄移植の研究に取り組むことになり、医学博士号を取得しました。しかし、博士課程を修了しても、私の留学の初心はまだ満たされていませんでした。
大学院在学中、私は一人の植物状態の患者に中国医学の鍼治療を行いました。その患者は徐々に回復し、やがて元気を取り戻しました。その経験は、私にとって大きな転機となりました。中国医学の奥深さを、私はそのとき初めて実感したのです。
その後、私は札幌の地に陶氏診療院を開設しました。そして、病気を治すことだけを目的とする医学から、健康をつくる医学へと視点を転換しました。
中国医学には「未病を治す」という考え方があります。
病気になってから治すのではなく、病気になる前に整える医学です。
私はこの思想を基礎に、長年の臨床経験を重ねながら独自の「陶氏療法」を確立してきました。
38年間の臨床の中で、八万人以上の患者がこの医学の恩恵を受け、健康を取り戻してきました。そして今、陶氏診療院は30周年を迎えようとしています。
孔子は『論語』の中でこう語っています。
「十五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲するところに従えども矩を踰えず。」人生には、それぞれの段階があります。
振り返れば、私の歩んできた道もまた、この言葉に重なる部分があるように感じます。
三十年の診療の歳月を経て、中国医学、西洋医学、そして日本での臨床経験の中から生まれた陶氏療法を、これから広く社会に伝えていきたいと思っています。
もしこの医学の哲学が、多くの人々を健康へ導く一助となるならば、それは私にとって医師としての喜びであると同時に、日中両国をつなぐ小さな架け橋になるのではないかと願っています。
医学とは、単に病気を治す技術ではありません。それは、人間とは何か、生命とは何かを問い続ける学問なのです。
2026-03-09



