陶氏診療院

アクセスカウンター


▼推薦文章バックナンバー
過去ブログはこちらから
于娟:「なぜ私が癌を患う?」(訳)⑧性格問題(下)
カテゴリー 推薦文章
私は生まれつき家事をするのが下手、しかし何でも関わるのは好きだ。特に「土豆」(息子)が生まれ自分がお母さんになった後、考えることは急に緻密でmintmmみたいで、無意識的に家庭中のCPUになった。どんな物がどこに置いている、何時何をするべき、どんな人を探し、どんな事を手配するか、すべて私が決断(力)で処理することになった。

病気診断される1ヶ月前、家を引っ越したが、坊主(夫)は何も出来ないと決めつけ、私がすべて家事をやっていた。しかし病気になってから坊主は、いろいろ家事をやってくれ、それはまるで寝る場所と起きた場所が変わったようで、私はびっくりしたのだった。私は地球を離れても地球が廻り続け、私がすべて管理していなくても、彼と「土豆」は普通に生活ができる。ただ支出が少し多くなるのみだ。しかしお金のことならただのお金、世の中CPI上昇、インフレ、私は心配して一生で計算ずみ、30年後にいくら節約して残すことができますか?もしも父母は30年前に1万元があるなら、ほぼ今の千万の金持ちの社会的地位を比べることができることができて、しかし実際には今の1万元はまた当時の500元のものも買えません。

生きるより死んだ方がいい、九死に一生、死に道から逃れた、死ぬか生きるか、さまざまな場面を経験した私、突然生命に対して悟りがついた瞬間に楽になった。大きなこと、小さなこと、何でもコントロールすることを手放した時、余計なおっせかいをすることや、つまらない事などを全て頭から離れ、私は見た世界は、私はもう競争相手がいない、敵もいない、私ももう誰が強いかなど関心しない、研究課題や、頼まれた任務など、ひとまず置いていることができた。世の中のすべて、対岸の花を見るように、風の薄い雲清を見えるような穏やかな気持になったのだった。
2013-09-09