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「健康診断は毎年受けなくてはいけない」はウソだった
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「健康診断は毎年受けなくてはいけない」はウソだった
米国総合内科学会も“健康な人には害をなすことが多い”

 新年度を迎え、学校、職場、自治体などから健康診断(健診)や人間ドックの案内が届いた人も多いのではないでしょうか。血液や尿で異常値が出ないようにと、あわてて節酒や運動を始めた人もいるはずです。

 この連載では、「がん検診は受けなくていい」と主張してきました。がん検診は死亡率を下げる効果が乏しいだけでなく、命を奪わない病変を「がん」と過剰診断することによって、無用な検査や治療を受ける人が何万という単位で激増しているからです。がんのリスクが高い一部の人を除いて、がん検診を受けることが必ずしもいいとは言えないのです。

「年に一度は健診を受けるべき」という日本人の思い込み

 実は、がん検診だけでなく、ふだん健康に問題がなければ、「健康診断や人間ドックも受けなくていい」と言ったら、驚くでしょうか。日本では多くの人が、「年に一度は健診を受けたほうがいい」と思い込んでいるはずです。しかし、海外では健診を受けることが、必ずしもいいこととはされていないのです。

 多くの人に知ってほしい世界的な運動に、「チュージング・ワイズリー(Choosing Wisely)」というものがあります。日本語では「賢い選択」などと訳されています。これは、現在行われている検査や治療が過剰になっていないかを科学的に検証し、本当に必要かつ十分な医療を提供しようという米国から始まった運動で、日本でも昨年10月に本格的な活動が開始されました。

 米国では、「米国内科認定機構(ABIM)財団」と消費者団体の「コンシューマー・リポート」が中心となってチュージング・ワイズリーを運営しており、各専門学会が5つずつあげた「日常的に行われているが、患者に意義ある恩恵をもたらしていない検査や治療」のリストが、ウェブサイトに掲載されています。

海外では健診を受けることが必ずしもいいこととはされていない ©iStock.com
490項目にも及ぶ「患者に恩恵をもたらしてない検査や治療」

 2017年4月現在、参加学会は76を数え、リストは約490項目にも及んでいます。また、その中から患者向けにやさしい英語で解説されたリストも掲載されており、現在、約120項目があがっています。

 たとえば治療では、「風邪やインフルエンザに対する抗生物質」「75歳以上のコレステロール低下薬」「高齢者の不眠や不安に対する睡眠薬」などの項目が、患者にあまり恩恵をもたらしていない治療としてリストアップされています。また、検査では「骨密度の検査」「腰痛に対する画像診断」「PSA(前立腺がん)検診」などが、過剰に行われていると指摘されています。

米国総合内科学会が「毎年の健診は害の方が多い」

 その中に、米国総合内科学会による「健康診断(Health Checkups)」という項目もあり、次のように断言されているのです。

「健康な人に毎年の身体検査はたいてい不必要で、益よりも害をなすことが多い」

 病気を早く見つけることで、長く元気でいられるはずの健康診断に「害」があるなんて、にわかに信じられない人が多いかもしれません。ですが、実際にそう断言されているのです。この項目には、次のように理由も書かれています。

「あなたの体のために、主治医は血液や尿、心電図といった検査をオーダーするかもしれません。時折、これらの検査が、リスクを持たない健康な人に行われることがあります。しかし、毎年の健康診断の有効性を調べた研究がたくさんありますが、概して、健康維持や長生きにはつながらないようです。また、入院の回避や、がん、心臓病による死亡の予防にはほとんど役立ちません」

臨床試験でわかった「健診は長生きにつながらない」

 実際に欧米では、定期的に健診を受けた人のほうが、健診を受けない人よりも長生きするかどうかを調べた臨床試験がたくさん行われています。そのうち信頼性の高い14の臨床試験(無作為化比較試験)を総合的に解析した研究(対象者は計約18万3千人)によると、定期的に健診を受けても総死亡率は低下せず、心血管病やがんの死亡率も減少していませんでした。つまり、健診を受けても、長生きにはつながっていなかったのです(BMJ 2012;345:e7191)。

 チュージング・ワイズリーの健康診断の項目では、その害についても触れられています。その一つが「偽陽性」です。偽陽性とは、実際には問題がないのに「異常」とされてしまうことを指し、これによって不必要な検査や治療につながってしまうのです。

 たとえば、心電図で異常が見つかったとします。すると、それを詳しく調べるために、心臓CTや心臓カテーテルによる精密検査が必要とされるかもしれません。その結果、「異常なし」で一安心したとしても、どちらの検査も放射線による被ばくを伴います。カテーテルによって脳梗塞や多量出血を起こす合併症も、まれとはいえゼロではありません。

どんな人が健診を受けるべきなのか

 また、健診で異常が見つかり、治療が開始されることもよくあります。読者の中にも、血液検査で異常値が出て、高血圧薬(降圧薬)、コレステロール低下薬(スタチン)、糖尿病薬(降血糖薬)などを飲むようになった人がいるのではないでしょうか。こうした検査や薬の中に、本当は不必要なものが少なからず含まれていると、多くの専門家が指摘しています。

 チュージング・ワイズリーの健康診断の項目でも、米国では必要性の低い健康診断に年間3億ドル(約330億円)がつぎ込まれ、追加の検査や治療のために数十億ドル以上が浪費されていると書かれています。健診が無批判に行われている日本でも、無用な治療や検査にかなりの医療費(つまり、保険料や税金)がつぎ込まれているのは間違いありません。

 もちろん、検査が必要な人もいます。この項目であげられているのは、「体調が悪い」「病気の症状が出ている」「慢性の症状が続いている」「新しい薬の効果を調べる」「喫煙や肥満などのリスクをもっている」「妊娠中で母体のケアのため」といった場合です。しかし、逆に言えば、こうした問題がなければ、ふだん健康な人は、健診や人間ドックを受ける必要はないのです。

学校や職場での健診が義務づけられている日本のおかしさ

 にもかかわらず、日本では学校や職場での健診が義務づけられています。医療保険者に対しても、40歳以上75歳未満の被保険者(地域住民など)に対する特定健診・特定保健指導、いわゆる「メタボ健診」が義務づけられています。世界的に有効性が疑問視され、「不必要で害も多い」とされる健診を、国が人びとに押し付けているのです。

 私は、健康な人の「異常」をわざわざ見つけて、検査や治療にお金をつぎ込むような政策は間違っていると思います。それより、なるべく病気にならないように、健康的な運動や食事をサポートし、禁煙を推進する政策に力を入れたほうが、よっぽど人びとの健康に寄与し、お金もかからないはずです。

 がん検診と同様に健康診断も、そのあり方を見直すべき時期に来ているのではないでしょうか。日本の国民医療費はとうとう40兆円を超えました。国民皆保険制度のおかげで医療機関に支払うお金が少なく、医療費を安く感じているかもしれませんが、40兆円うち9割近くは、私たちが支払う健康保険料と税金で賄われています。

 私もそうですが、高額な健康保険料の支払いに負担を感じている人が多いはずです。価値の低い医療にお金をつぎ込んでいたら、国民皆保険制度が破綻してしまうかもしれません。医療費の無駄を減らすためにも、「賢い選択」をしなければならない時代なのです。

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2017-05-25