▼その他バックナンバー
2026-02-27
錯覚について
2026-02-24
「十二花の女神」—歳月へのラブレター
2026-02-23
新春快楽図
2026-02-22
北海道中国工商会・北海道中国会共催「新春交歓会」〜風雨同行、同舟共済〜
2026-02-22
老中医のまなざしで見る香港 ― 都市と人の「気」の流れ
2026-02-18
海外で過ごす除夕の日―それぞれの地に流れる春節のかたち
2026-02-14
便宜とレートの差――香港・マカオ旅で感じた小さな発見
2026-02-13
一日六件の会議予定
2026-02-12
マカオ一日遊
2026-02-11
香港一日遊
2026-02-10
長いフライトの楽しみ
2026-02-07
旅の飛行機代について
2026-02-05
2026年 日本中医協会 特別セミナーのご案内
2026-01-22
宮古島の休暇
2026-01-20
親子は似ているものの世界
過去ブログはこちらから
墓参り
カテゴリー その他
一年に一度の墓参り。今年は両親が札幌に滞在している間に早めに予定を立て、函館の墓参りは7月15日から始まっていると聞いて、7月20日の日曜日に行くことにしました。
今回は両親と姉、私の4人での旅。道中、姉が「仁木町の美味しいトマトを買いたい」と希望したため、農場に立ち寄りました。さすが仁木町、最高に美味しいトマトを手に入れることができました。
母のリクエストは「函館の美味しい寿司」。そこで「函太郎 宇賀浦本店」を目指しました。午後1時を過ぎても40分以上待ちの行列で、観光客だけでなく地元の方々にも人気の様子。海を背景にした店舗で、青空と波の音を眺めながらの回転寿司は格別でした。母は普段、札幌の「トリトン回転寿司」が好きですが、「函太郎もトリトンとほぼ同じくらい美味しい」と満足そうでした。
今回の墓参りは、二か所に絞って訪れました。
まずは古島のお婆さんのお墓。姉が修繕してからというもの、いつも自慢している立派なお墓です。観音様の造形は戸倉墓地の中でも唯一無二で、あの世でもきっとお婆さんが誇りに思っていることでしょう。毎年こうして子どもたちが墓参りに訪れる様子を、喜んで見守っているに違いありません。
次に、陶家之墓。ここには祖父の師匠や親戚が眠っています。この墓は、函館山南端の立待岬の近くにあり、石川啄木一族8人が眠る墓の並びに位置しています。歴史と文学の香りが漂う特別な場所であり、墓を修繕した祖父の従弟は今年98歳、現在は横浜在住で、なかなか函館まで来ることができません。その代わり、私たちが毎年欠かさずお参りしています。
本来は函館の「摩周丸」にも立ち寄る予定でしたが、新しく買った車のナビ設定を誤り、戸倉墓地に案内されてしまいました。時間の関係で摩周丸行きは断念。その後、長万部町にある元従業員のお店にも立ち寄る予定でしたが、当日は選挙の関係で貸し切りとなっており、こちらも断念。
札幌に戻ったのは夜8時半。例年に比べて北区の出発が早かったこともあり、少し余裕を持った墓参りの一日となりました。
今回は両親と姉、私の4人での旅。道中、姉が「仁木町の美味しいトマトを買いたい」と希望したため、農場に立ち寄りました。さすが仁木町、最高に美味しいトマトを手に入れることができました。
母のリクエストは「函館の美味しい寿司」。そこで「函太郎 宇賀浦本店」を目指しました。午後1時を過ぎても40分以上待ちの行列で、観光客だけでなく地元の方々にも人気の様子。海を背景にした店舗で、青空と波の音を眺めながらの回転寿司は格別でした。母は普段、札幌の「トリトン回転寿司」が好きですが、「函太郎もトリトンとほぼ同じくらい美味しい」と満足そうでした。
今回の墓参りは、二か所に絞って訪れました。
まずは古島のお婆さんのお墓。姉が修繕してからというもの、いつも自慢している立派なお墓です。観音様の造形は戸倉墓地の中でも唯一無二で、あの世でもきっとお婆さんが誇りに思っていることでしょう。毎年こうして子どもたちが墓参りに訪れる様子を、喜んで見守っているに違いありません。
次に、陶家之墓。ここには祖父の師匠や親戚が眠っています。この墓は、函館山南端の立待岬の近くにあり、石川啄木一族8人が眠る墓の並びに位置しています。歴史と文学の香りが漂う特別な場所であり、墓を修繕した祖父の従弟は今年98歳、現在は横浜在住で、なかなか函館まで来ることができません。その代わり、私たちが毎年欠かさずお参りしています。
本来は函館の「摩周丸」にも立ち寄る予定でしたが、新しく買った車のナビ設定を誤り、戸倉墓地に案内されてしまいました。時間の関係で摩周丸行きは断念。その後、長万部町にある元従業員のお店にも立ち寄る予定でしたが、当日は選挙の関係で貸し切りとなっており、こちらも断念。
札幌に戻ったのは夜8時半。例年に比べて北区の出発が早かったこともあり、少し余裕を持った墓参りの一日となりました。
2025-07-27



