陶氏診療院

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栄養と成分を超えて― 老中医の随想 ―
西洋医学の発展とともに、栄養学はしだいに「成分学」として発展してきました。

食べ物を構成する元素や栄養素を分析し、それらの量によって食品の価値を評価するという考え方です。そして、特定の成分が不足すると病気になるという「欠乏症」の概念が生まれ、数多くの病名と治療法が作られてきました。

しかし、歴史を振り返ると、多くの欠乏症は自然の問題というより、人間の生活様式が作り出したものでもあります。

その代表的な例が、かつて日本で社会問題となった**脚気(かっけ)**です。

脚気はビタミンB₁の欠乏によって起こる病気で、日露戦争の時代に大きな被害をもたらしました。

当時、多くの農家出身の兵士たちは節約のため、軍から無料で提供される白米と汁物だけを食べ、おかず代を実家へ送っていました。しかし、精製された白米にはビタミンB₁がほとんど含まれていません。その結果、ビタミンB₁欠乏による末梢神経障害や心不全が起こり、全身に浮腫が現れました。

症状が進むと、足のしびれやむくみ、動悸、息切れ、感覚の麻痺などが現れます。さらに重症になると手足に力が入らなくなり、寝たきりになることもあります。放置すれば心不全が悪化し、命を落とすことさえありました。

実際、日露戦争では戦闘による死亡者よりも、脚気による死亡者の方が多かったと言われています。

しかし、この病気の原因は決して複雑ではありませんでした。

白米ではなく、精米していない米や全粒の麦を食べていれば、ビタミンB₁欠乏は起こらなかったのです。

もちろんビタミンB₁を補充すれば症状は改善します。しかし、根本的には精製された白米中心の食生活を改めれば、特別な補充をしなくても自然に回復する場合も多いのです。

西洋医学の成分分析は、現代栄養学を大きく発展させました。

しかし近年の研究が示しているように、生命現象は単純な成分の組み合わせだけで説明できるほど簡単ではありません。

例えば骨粗鬆症も、骨のカルシウムが減少する病気として知られています。

そのためカルシウム剤の服用や、牛乳や小魚などカルシウムを多く含む食品の摂取が勧められてきました。

ところが実際には、それだけで骨が十分に強くなるわけではないことも分かってきました。

中国医学では、骨にカルシウムを取り込む働きには「陽気」という生命エネルギーが関わっていると考えます。もしこの陽気が不足していれば、どれだけカルシウムを摂取しても骨は丈夫になりません。

適度な運動、太陽の光、新鮮な植物性食品などは、この生命エネルギーを高め、骨粗鬆症の予防や改善に役立つと考えられています。

ここで一つ、分かりやすい例えがあります。

もし携帯電話を粉々にして、その成分をすべて分析したとしても、電源を入れると音楽が流れ、画像が表示される仕組みまで説明することはできません。

それと同じように、人体や食材の成分をいくら分析しても、生命そのものの働きを完全に説明することはできないのです。

物質の成分は、生命エネルギーの働きと環境の影響によって、新しい生命活動へと変化していきます。

そして長い年月の中で、人類の進化もまたそのようにして成り立ってきました。

先人たちの知恵は、現代に生きる私たちに多くの示唆を与えてくれます。

中国医学の古典である『黄帝内経』には、栄養と生命の関係について深い洞察が記されています。そこには、単なる成分分析を超えた「生命の医学」が語られているのです。

現代医学の知識を尊重しながらも、生命を全体として理解する視点を忘れてはならない――それが、長い臨床経験を通して私が感じていることです。

老中医の三行格言
栄養は成分だけにあらず。

生命はエネルギーによって動く。

自然に従う者こそ、真の健康に近づく。
2026-03-17